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My name is AI 【藍春】

「レッスン始めるよ」

ボクがマスターコースのレコーディングルームのドアを開けると、そこには指導相手である七海春歌が、机に突っ伏して寝ている姿があった。

ため息が自然と出る。
普通に呆れた。

さすがのボクでも、まさか彼女が寝てる確率なんて予想してないよ。

予期せぬ事態はあまり好きではない。
興味深い結果に繋がることもあるけど、そこまでの過程で生じる不確定要素への不安の方が勝ることがほとんどだから。

「はぁ、人と約束してるのに、寝てるなんてありえない」

わざと口に出してみても、春歌の睡眠が途切れることはない。

この状況に対処すべき方法もはっきりと見当たらず、
「しょうがないな……」

気持ち良さそうに眠っている春歌に近づくと、机に置かれた楽譜のラフに目が止まり、手を伸ばした。

「ふーん、前回よりかなり音数増えてる」

そうわざとらしく口に出して、楽譜に見入った。


この後輩には、なんとも言えない光がある、と思う。

それは作曲家としての能力だけでなく、もっと大きななにか。

そこにいるというだけで、何か感じられるものがある。

それは、ショウやナツキのようなわかりやすい才能ではない。

すごく大きなものを内に秘めているのに、それが開花したかと思えば、また隠れてしまうような儚さが春歌にはある。

己の手で無理矢理引き出すには恐れ多いような、かといって少しずつ開いていくのを待っているのは待ちきれないような。

一人の人間に対してこんなにも抽象的な印象を持ったことは無かっただけに、春歌の存在はかなり特別なものとなっている。


『もう少しくらい気が強くないと、この業界では生きていけないのに』


そう思う時点で、ボクは彼女の才能に惹かれてるのかもしれないけどね。それは認めるよ。


そう思索しながらおもむろにページを捲っていると、隣で突っ伏していたハルカがもぞもぞと動き出した。

「……目が覚めた? ハルカ」

そう声をかけると、ハルカはむっくりと起き上がり、トロンとした目をボクに向けた。

「お早う。起きたなら始めるよ。4分24秒もロスしてるんだから」

それでもハルカはまだ意識が覚醒しきっていない様子で、寝惚け眼。


「ほら、今度のコンペの曲仕上げて、」

「……あぁ、藍くんだ」


……藍くん?
ボクの言葉を遮ったハルカの耳慣れない呼称に、ボクの思考が止まる。


しかし、そう口にした本人は、ふわっと眠たそうな笑みを浮かべながら、再び瞼を閉じようとしている。

寝られては困る。
「ハルカ!」

肩を掴んで前後に軽く揺すると、

「うー、なんですか、藍くん……」

またそう口にして、眉をひそめてむずる。
記憶の限りでは、ハルカはいつもボクのことを『美風先輩』としか呼んでいないはずだった。

なぜ突然「藍くん」にギアチェンしたのか……

仕方ないので、今度はハルカの目の前でピシャリと手を叩くと、流石に目が覚めたようで、ハルカは大きな瞳をしばたたかせた。


「わっ、お早うございます、美風先輩」

「……」

ボクは眉間にしわを寄せる。

「え、あ、私ったら約束していたのに寝ちゃったみたいですみません!」

そう言ってハルカは頭を下げるが、問題はそこではない。

「そうじゃなくて」

今度はハルカは可愛らしく首を傾けた。


「?」
「……今、ボクのことなんて呼んだ?」

「え、美風先輩、って」

「その前。寝ぼけて口走った方。普段キミ、ボクのこと『藍くん』って呼んでるね?」


そうボクが口にした途端、彼女は顔を赤く染めて、自らの口を押さえた。

「とっさに口に出すなんて、普段から呼んでる証拠だよ」

「すみません、勝手に……」

ちょっと俯き、

「イヤでしたか?」
それでもそう上目遣いで問いてくる。

「イヤじゃないけど」

けど、何なんだろう。彼女に名前を呼ばれて生じるこの感情は。

レイジに『アイアイ』と初めて呼ばれたときの、言い様のない諦めとはまた違う。

「師弟関係なんだし、ちゃんと上下をつけた方がいいでしょ」

「でも、美風先輩の方が年下ですよ」
ハルカは不満そうに口を尖らせる。

「それはそうだけど……」それを言ったら色々おしまいじゃないだろうか、この師弟関係は。

師匠が年下で、しかもロボットなんて。

「わざわざボクのこと名前で呼ぶメリットはないでしょ」

すると、ハルカは少々思案し、
「先輩のお名前、素敵ですよね」
「ハァ?」

突如誇らしげにそう言ったので、無遠慮な声が出た。

「なんでそうなるの」
「いい名前ですもん」

いい、名前?
名前に良いも悪いもあるのだろうか。
意味不明。

混乱しきるボクを前に、なぜかハルカが勝ち誇ったような顔をしているのが気に食わない。


「素敵な名前だから、私は先輩を『藍くん』ってお呼びしたいんです!」

「……無駄な三段論法だね」


でも、ハルカが自分の名前を口にすると、胸の奥がキュッとなる奇妙な感覚がする。

そういえば、ボクを下の名前で呼ぶのは、唯一博士だけだ。

慣れてないんだ、他人から名前を呼ばれるなんて。


「理解できないね。名前なんてただの符合さ。自分と認識できるものならなんだって同じだね」

「それはそうかもしれませんけど」

ハルカは懲りずに食い下がる。

「音も素敵ですし、中性的なところもお似合いです」
「『あい』なんてよくある名前じゃない。中性的なのはボクが元々そういうコンセプトで作られたんだから、当たり前だね」

「でも、素敵ですって」


名前呼びの方が、仲良くなれる気がするじゃないですか。

そう、ハルカは最後に小声呟いた。

「意味わかんないよ……そもそも、ボクの名前は……」

名前。
人にとって価値あるものという認識はあったけど、それはボクにも当てはまるのだろうか。

「博士が付けられたんですか? それとも社長が?」
「……美風って名字を付けたのは、シャイニング早乙女。藍っていうのは、一応博士」

「一応……?」

首をかしげるハルカに、ボクは口を濁らせる。


藍っていうのは、いつからボクのものだった?

今なら……?



それは、ボクがただの「AI」だったころのお話。

『AI(エーアイ)。どうだい、聴覚を手に入れた気分は』

『わりと想像通りだったから、特になんとも思わないよ』

『つまらないやつだなぁ』
『……強いて言うなら、博士の声音が予想よりも良かったよ。もっとダミ声だと思ってたけど』

『お、珍しくAIが褒めた』
『別に褒めてない』

『まぁいい。AI言語認識システムも良好、っと。』

『ふぅ。色々いじくられて変えられるのも面倒くさいね』

『まぁそれはしょうがない。お前はそういうAIなんだから。強力なバックアップがついたし、きちんと働けるようにならないとダメだろう』

『アイドルねぇ……人工知能にアイドルをやらせるなんて、可笑しなことを思いつく人もいるもんだよ』

『そうだな。……そうだ、昨日そのアイドル様にお前の名前を尋ねられたんだが、答えられなかったんだった。俺としたことがすっかり忘れてた』

『……名前? 誰の?』

『お前のに決まってるだろう。確かに、AIって名前じゃないし』

『……』

『アイドルなのに、名前がないのもあれだろう。いや、それ以前の問題か。とにかく、お前らしい名前ねぇ……』

『別にいらないよ、名前なんて』

『いや、お前がもっと広い世界に出ていくためには必要さ』

『……ボクの、名前』

『んー、ここにきて全く新しい名前にするのもなぁ……じゃあ、「アイ」でどうだ』

『……アイ?』

『AIのローマ字読み。』

『……簡単過ぎない?』

『いいじゃないか。名は体を表すって言うだろう? それに、お前は「アイ」ドルになるんだし』

『なにそれ、言葉遊びのつもり?』

『よし、これからお前はアイだ。よろしくな、アイ』

『……聞いてないし』



「藍っていうのは……初めは、AI―artificial intelligent―の略だったから」
「人工、知能ですか……」
「ボクは所詮は集積回路の塊でしかないからね」

そう言いなしたけど、返事は期待していなかった。

それでも、ハルカは顔を上げる。

「いいですね、『名は体を表す』って言葉」

「え……」

――本当にキミには、予想をいつも裏切られる。


ハルカは穏やかに微笑んだ。
「藍くんはみんなに『愛』されるアイドルですから」
「キミも博士の真似? 愛なんて、知らないよ」

キミと話していると、ついキミの言葉に反抗したくなるときがある。


「そうですか? ……例えば、私は藍くんのこと愛してますよ」

大胆な発言に驚いて顔を見据えると、ハルカはいたずらっ子のように微笑んで、
「だって、藍くんはかっこよくて、厳しくて、でも実はすごく優しい私の大好きな――、先輩ですから」

――ほら、また誇らしげな顔して。

「先輩愛、ね」

あ、わかっちゃいましたか?
ハルカは楽しげに微笑む。
「分かりやす過ぎでしょ」
でも、確かにそれも一種の愛に違いない。


「藍くんのファンの皆さんが、藍くんを応援してくれるのも、寿先輩や黒崎先輩が藍くんに接するのも、みんな『愛』ですよ」

すがすがしいほどにそう言い切るハルカに、ボクの中のモヤモヤも少し消えていく気がした。

「キミって、ぼけぼけなくせに、時々鋭いこと言うよね」

「そうですか?」


なんだ、ボクが探してた「アイ」は、けっこう身近に転がっていたのか。


じゃあ……
「ボクも、キミのこと愛してるよ。――後輩としてね」

ボクがそう告げると、ハルカは驚いたように息を飲んだ。

「藍くんがそんなこと言ってくれるなんてびっくりです……」

「まぁ、ね」

自分がこんな言葉を口に出せる日が来るなんて、キミに会うまでは思いもしなかったのに。

「藍くん?」
ハルカがボクの顔を覗き込む。

そういえば、ハルカはボクのことをすっかり『藍くん』呼びだ。


でも、ボクに名前をもう一度与えてくれたから、そのお礼ということにして、許してあげようかな。

「雑談はここまでにして、レッスン始めるよ」

「ハイ、藍くん!」
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