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種の存続の装置としての糖尿病

テスト勉強に行き詰ったので、久しぶりにパソコン開きました。やっぱりスマホより断然快適だー

最近伊藤計劃に凝ってまして。
きっかけは

私はsupercell(ryo)さん世代
→EGOIST好き
→主題歌やってるサイコパス見るか
→お、CMでやってる「Project Ito」ってなんだか面白そうじゃん
という感じだったのですが、実際に「ハーモニー」読んだらすっかりはまっちゃったっていう。

ところが残念ながら彼は34歳で肺がんのため亡くなっているので。著作はあますところなく読んでおこうと思って、今片っ端から本を読んでます。

そこで、最近気に入ったのが「伊藤計劃 第弐位相」に収録されている「つぎはぎの王国から」というエッセイです。

その中で、糖尿病は昔人類が寒冷期に襲われた時、血糖値を上げて血液の氷点を下げることで、過酷な環境に適応したものだ、というような記述があるのです。例え糖尿病により親が死んだとしても、その前に子を成していれば、人類の存続のためには十分である、と。

最近糖尿病とかメタボリックシンドロームについて習う機会が多いのですが、では果たして人類はどうして糖尿病になるのか、メタボになるのか、という疑問を進化の面から考えるのはすごく面白いなと思いました。

人間はどうしてメタボになるのだろう。現代では忌み嫌われている内臓脂肪だけれど、飢餓状態に陥った時は肝臓にすぐに遊離脂肪酸を送り出せるから有利だったのかな、と思ったりして。

伊藤計劃は糖尿病の例から、「人間の全ては場当たり的な進化の産物に過ぎない。私達の『自我』『意識』でさえも」という論調に進みます。進化に有利であったから偶然生まれた「私」。

では未来、ハーモニーの時代になった時、自我は人類の進化において果たして必要なのだろうか……という考えから「ハーモニー」が生まれたのでしょうね。

また、こうした糖尿病のような病をも「場当たり的な産物」として考えた伊藤計劃は、自身を脅かし死に追い込んだ癌についてどう考えていたのだろう。そう思いながら彼の日記や著作を読みあさるこのごろです。


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